ここは、深遠の闇が支配する暗黒域……誤って落ちし者よ、速やかに外界へ転移されんことを

   

PLAYERSの3Dダンジョン物語(筆者:TAK)

外界への転移を試みる      冒険者の思ひ出語りへ


 初体験は……FCの『スーパーブラックオニキス』ではなかったろうか。
 あの頃はゲームが好きな女性がよくそうであるように、私たちもご多分に洩れずRPGにハマっていた。RPGとついているゲームならなんでもやった……。「こりゃRPGぢゃあねーよ!」と叫んでしまうようなシロモノもずいぶんあったと思う。某『ドラクエ』の大当りで、RPGとさえ言っておけば何でも売れる時代だったのだ。ジャンルが宣伝文句と化していた時代だった。
 『スーパーブラックオニキス』もそんな風に手当たり次第に購入した『RPG』ゲームの一つだったと思う。

 私たちは何故か、有名でマスコミ等で『それなりの評価』を得ている作品が大嫌いだっ た(この傾向は現在もあまり変わっていない)。だから「RPGなら何でもいい」状態であったにも関わらず、『ドラクエ』を始めとし、『ゼル伝』『ウルティマ』『ウイザードリィ』には手を出していなかった。『FF』はやったが、この頃はまだマイナータイトルに過ぎなかったのだ。このうち今だにPLAYしていないのは『ゼル伝』だけである。

 『スーパーブラックオニキス』はJEROによれば「アレは今なら、通信でやってみたいゲームだったんじゃないかなあ」とのこと。ダンジョン内で他のパーティーと出会えるというシチュエーションがそう思わせるのだそうだ。そう聞くと何やら某『ディアブロ』を彷彿とさせる気がしないでもない。『SBO』の方が遥かに昔だが。

 さて、手当り次第にやり尽くし、遊ぶゲームがなくなってしまった時があった。そんなある日──『ウィズII リルガミンの遺産』が1980円で売っているのを見つけたのである。私(TEK)は渋るJEROを押し切って購入した。
 帰宅していざプレイを始めてみる……が、JEROは5分としないうち、「難しい〜! 分かんない〜!!」と放り出した(今なら考えられない話だ)。後で知ったのだが、『リルガミンの遺産』は特に序盤のモンスターバランスがキツいことで有名だったのだそうだ……。勿論この時の我々はそんな事情は知る由もない。
 TEKは「せっかく買ったんだから……」と、JEROが放り出したコントローラーを引き取り、説明書を見て、あることを閃いた。「ねえ、この最初にキャラ作るので、お金集められるんじゃない?」TEKはそう言って『あ』さん『ああ』さん『あああ』さん、といったキャラをせっせと作っては消し作っては消しして金を集め、ついにボルタックの初期最強装備を前列全員に揃えることに成功した。
 ──そう、それは『ウィズ』ユーザーにお馴染みの『ダミーキャラ利用初期金集め』の裏技だったのだ! 野性のカンと言うべきか……TEK恐るべし。
 TEKが装備させたパーティーを引き受け、お宝を求めて──じゃなかった、宝珠を探す為、6階建の塔に足を踏み入れたJERO。この時より事実上、彼女の3Dダンジョン徘徊人生は始まった──と断言しても、過言ではない。

 さて『リルガミンの遺産』にはハマった。我々両名はそれまでどんなゲームでも味わったことのない興奮状態へと突入した。時間を忘れ、寝食を忘れ──ぶっ続け48時間PLAYくらいはしていたと思う(←アホの代名詞)。──この間の面白いエピソードは数々あるが、そのような思い出話は各タイトルをクリックして、読んで笑って頂きたい。

 以後禁断の3Dダンジョン熱は収まらず『狂王の試練場』『マイト&マジック』等へも手を伸ばすこととなる。
 この頃は楽しかったねえ。せっせと方眼紙でマップ作って。まるで本当に自分が冒険をしているような気分になれたものである。また、それが3Dダンジョンものでだけ味わえるバーチャルな醍醐味だったのだろう。
 今、オートマッピングが出来ないくらいで「難しい!」と叫ぶ3Dユーザーの諸君。年寄りのタワゴトと思うならそれもよい。──だが、本来の3Dの楽しみはこの『セルフマッピング』にあったのだと、現在も我々は信じてやまないのである。

 そして『ウィズ』では後、ご多分に洩れず『ダイヤモンドの騎士』を購入。さんざん遊び倒し、間もなくFCとも別れを告げることとなり──次世代機の時代へと突入する。
 我々が選んだ次世代機はSFCであった。『ウィズV』が発売されることが決まっていたためである。──が、これは期待外れであった。移植の仕方が悪いのだろうが……後に『M&MII』でも似たような不満を感じたものだが、某筋からの情報によると「ゲームバランスを緩くしないと、N天堂から発売の許可が下りない」ために、一般向けに易しい内容になってしまったのだという。それが本当かどうかは知る由もない──。

 そんな中、出会ったのはあの『ダンマス』であった。
 この『リアルタイム3DダンジョンRPG』は通常、「ゲーム攻略本の類は買わない」と決めている我々に、その禁を破ってガイドブックを買わせてしまう程に手強い内容であった。そして『ウィズV』『M&MII』に失望し、我々のいささか醒めかけていた3D熱に、再び火をつけることとなったのである。
 個人的な意見だが、この『ダンマス』は今現在我々が楽しんでいる『シャドータワー』に、最もよく似ていると思う。重さの概念、階と階とを結ぶ立体(高さ)の概念──。出来れば食事の概念も取り入れて欲しかったものだ。私は『ダンマス』を思い出す度、チーズを食べたくなるのである。あれは持ち歩いて弁当にするのに丁度よかったのだ。
 因みにJEROは「ステーキを忘れてない?」とのたまったが、彼女は「これは数に限りがあるからダメ」と言って、食べさせてくれなかったことを忘れているらしい。おかげで私はよく食べたものと言えばチーズの他に、ブロッコリー(笑)、ワームの肉(重くてエネルギー効率が悪いからその場で食すことが多い)くらいしか思い出せないのである。
 だが何よりかにより『ダンマス』が楽しめた要素は「手近な物はなんでも武器になる」概念であったろう。装備武器に限らず、防具であろうが食料であろうが仲間の骨であろうが、投げつけさえすれば敵にダメージを与えることが出来たのだ。  他、目の前で魔法を使うと自分がダメージを受ける概念(これは『M&M』にもあったが)等、こと『リアル』さという点において『ダンマス』を上回る3Dものはなかろう──と思っている。

 尚、現在の我々はサターンユーザーではないため、現在発売中のそちらの『ダンマス ネクサス』 をPLAYする機会がない。残念なことである(PSに移植してくれ〜!)。

 そしてゲーム機は次々世代機の時代となり、我々が選んだのはPSであった。これはSFCに別れを告げる直前にCプコンの『ブレス・オブ・ファイア』シリーズにハマったためである(特に『II』は良かった。RPGで泣いたのは後にも先にもこれだけだよ)。これの『III』がPSで発売されることが既に決定していたのだ。  そして──『キングス』シリーズと出会うこととなる。

 我々はゲーム評論の類は余りしない。どんなゲームにも不満はあったが、楽しむべき点も必ず見つけ出せる筈──と常に思い続けて来たからだ。どうしても我慢出来ない不満であればメーカー、制作者に直接意見をすることで済ませて来た。──大勢が楽しんでいるものを、声高に「あれがよくない。ここが悪い!」と騒ぎ立てるのは、有名な店に食事に行って大勢の客の前で「ここの料理はマズイ!」と騒ぐのと同じ、見苦しい行為だと思っているからである。
 またどうしても嫌なゲームならば、初めから買わない。『FF』シリーズなどは『III』 で見放し『IV』で呆れ果てたため、自分ではその後買っていないが、友人たちが購入して貸してくれるため、現在まで全シリーズをPLAYしている。──が、こんなのは例外である。

 それ故、『キングス』に関しても言うべきことは無い。だがこれは「不満があるから」 ではなく「誉めるところしかない」故である。美味を口頭でいくら説明しても分かって貰えないのと同じく、まだ未PLAYの方には「どうかPLAYしてみて下さい」と言うしかない。その独特の世界の奥行きは、今現在の3DRPGの中で最高峰に属する──と断言しても構わないと我々は思っている。

 そしてその同じ制作者たちが世に送り出した『SHADOW TOWER』。これもシリーズ化されるのかどうかは、まだ分からない。今のところ──「3Dユーザーに挑戦する作品」と豪語した制作者の自信に我々は、唸る以外の反応を見つけられないでいるのは確かである。

『SHADOW TOWER』をプレイして感じたのは、何より制作者の3Dものへの「こだわり」と「愛情」であった。
 それらが完成作品を通してユーザーに伝わる限り──ストーリーが不明瞭である、一つのデータで長く遊び続けることが出来ない、等の不満はあれ──「大衆受けするゲームを作らなければ商売として成り立たない」というジレンマを越え、長くユーザーの支持を受けることは間違いないだろう。今後のフロムソフトウェアの健闘に期待したい。

『ウィザードリィ リルガミンサーガ』
 昔にプレイした『ウィザードリィ』シリーズのPS移植版である。
 ヘタにいじくり回されるより、こうした形で、昔のゲームの良さをそのまま現在のユーザーに伝えるという試みはもっと評価されてもよいのではなかろうか。

 ハードの大用量化とソフトの需要に対し、肝心のソフト・イン・ソフト──つまり制作する『人間』の方(の能力)が行き詰まり、大用量に追いついて行けない──との指摘はSFCが発売された当時から既に言われていたことである。この状況は現在に至るも改善されておらず、むしろ「とにかく売れるゲームを作らなければいけない」という、半ば強迫観念にも近い商業主義に押され、より事態が悪化しているのではないか──と感じるのは、我々のようなひねくれたユーザーだけであろうか。
 行き詰まった時には原点に帰るのが、最も良い解決方法なのである。今のゲーム業界に携わる全ての人々に、もう一度『原点』を、よく探してみて貰いたいものだ。

1998年9月現在

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